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柑芦会について

◆ 歴 史 ◆
 大正15年3月、和歌山高等商業学校の第1回卒業式にあたり、
 同窓会が結成され、昭和4年、岡本校長によって「柑芦会」と命名された。
 その後、高商、経専、工専、大学を通じて受け継がれ、今日に至っている。

◆ 名前の由来 ◆
 「柑芦」は、「蜜柑」と「芦」であるが、和歌山といえば「蜜柑」であり、
 創学当時の学校の敷地周辺は、「芦」が生い茂っていたことから、
 「蜜柑」の香りと、天指して伸びる「芦」のたくましさ、強さに因んで命名された。
 そしてこれを「かんろ」でなく「こうろ」と読ましている。

支部総会 ぶらくり会 つれもて会 那智黒会 神芦会

柑芦会東京支部総会への参加について


                                                    2019年9月29日

                        柑芦会東京支部総会への参加について
                                                    神戸支部副幹事長 吉竹 俊道

9月28日(土)10時30分から令和元年度の東京支部総会ならびに懇親会が開催され、神戸支部を代表して参加させていただきました。

前日に27期同期の埼玉在住の西川忠伸君と再会して、楽しいひと時を過ごしました。翌日の東京支部総会にも一緒に参加する予定でしたが、西川君の都合が悪くなったため、彼から年会費とメールアドレスを含めた連絡先を預かり、事務局に手渡しました。今後の東京支部でのイベント等にも参加してくれるものと期待しています。

総会の開催場所はお茶の水の損保会館2階大会議室で、来賓を含めて参加者は90名でした。
来賓は、伊東学長、マグレル ナビル経済学部長、宗森システム工学部長、尾久土観光学部長、青柳柑芦会会長をはじめ、紀学会からも2名が参加され、総勢18名にのぼり、現役学生は5名が参加されました。
東京支部の参加メンバーは、大学1期の栗山氏から大学56期の筒井氏まで67名の参加でした。
東京副支部長の藤原氏の司会で総会がスタートし、東京支部長の末広氏の挨拶に引き続き、伊東学長から約20分間にわたる「地域・社会と価値を共創する大学への転換」と題して、和大が取り組んでいるビジネスモデルの転換と大学に求められる役割を熱く語られ、大学の拠点整備の必要性とそのための松下会館を中心とする西高松地区の再生と栄谷グラウンドの高機能化改修について詳しく説明をされ、寄付の呼びかけを強く訴えられました。引き続き、マグレル ナビル経済学部長が「経済社会システムの変化と経済学部の役割」と題して講演が約1時間行われ、大きな変革に取り組もうとしている和大の取り組みの一端をうかがい知ることが出来ました。

ここで、懇親会まで約20分の休憩があり、ロビーでは教育30期生のホルン奏者東谷氏による演奏が行われて和やかな雰囲気で懇親会に進みました。
懇親会は東京支部の小林氏の司会でスタートし、来賓紹介の後、観光学部長に就任された尾久土学部長の挨拶に参加者一同が盛り上がり、青柳本部会長の乾杯の発声でグラスを交わして和やかな雰囲気のまま歓談が続きました。懇親会中盤には「福引」で盛り上がったのち、最後は大学14期の前山氏の音頭で「寮歌 花の霞に」の大合唱でさらに盛り上がりを見せました。紀雲会会長の山本氏の挨拶に引き続き、元東京支部長の栗山様の中締めが行われました。
今回の総会と懇親会においては、伊東学長とマグレル ナビル経済学部長による説明、講演を通じて大学が大きく変貌しようと努力している姿がよく見えてきたことと、西高松地区の再生のための松下会館の改修の必要性がよく理解できた点にあったように思います。また、懇親会においては、現役大学生を除いても若手の姿もちらほら見られたことに新鮮さを感じました。
しかし、まだまだ会員の出席率が決して高いわけではないので、本部が進めている改革の推進の必要性も強く感じた次第です。

                                                               以上

鈴鹿サーキット、ソーラーカーレース

柑芦会神戸支部の皆様
  8月1日鈴鹿サーキットにてソーラーカーレースが行われ
我が和歌山大学のクリエ(学生自主創造センター)のチームが今年もいい成績を収めることができました。
 応援に行っていて学生たちのチームワークの良さを目の当たりにし、大変誇らしく思いました。

クリエソーラーカーチームの村松さんから以下のメッセージが届いていますのでお知らせいたします。 長文ですが・・・


こんにちは。和歌山大学ソーラーカープロジェクトの村松と申します。

先日は暑い中、鈴鹿サーキットまで応援に駆けつけてくださり、本当にありがとうございました!皆様からの温かい応援が力になりました!


さて、レース結果をご報告いたします。
結果はクラス5位(12チーム中)総合9位(22チーム中)
私たちの周回数は58周、クラス3位は59周
わずか1周の差でクラス入賞なりませんでした。

8月2日(金)の予選では、電気系統のトラブルが続出したため、鈴鹿サーキットを
3周しかできず、消費電力量や発電量のデータを取得できませんでした。

8月3日(土)のレース本番、スタート5分前にモーターが動作不良を起こしたものの、
なんとか原因解決し、予選結果から14番位置からスタート。
レース2周目で総合6位まで順位を上げ、その後は消費電力量を分析しながら、戦略を立て、
走行方法を変えていきました。

レース終盤、エネルギー残量が完走まで持たない可能性が出てきたため、
抜かされない程度まで減速し、なんとかクラス5位で完走を果たしました。

この1年間、土日を返上し毎日深夜0時を過ぎても、車体設計・製作を進めてきました。
大学の先生方からも専門の方からも、1年でまともに走る車体が作れるわけがないと、
何度も何度も止められました。それでも必ず作る、必ず表彰台に上がると、走り続けて
きたので、本当に悔しい思いでいっぱいの結果です。

ですが、今回のレース結果は決して悪いものではありません。
ソーラーカーレース鈴鹿 新車体での初陣で完走したチームはほとんどいません。
そんな中、学生だけのプロジェクトで、資金調達から設計製作までを1年間で完了させたにも関わらず、
トラブルなく3位と僅差で走り切れたことは、有識者の方に「奇跡」だと仰ってい
ただきました。

目標としていたオリンピアクラス初出場・表彰台には届きませんでしたが
この1年間で、技術向上などプロジェクトとして飛躍を遂げられ、また新車体の性能や
ポテンシャルの高さを実感できた実りあるレースであったと考えています。

私たちの活動を応援し続けてくださり、本当に感謝申し上げます。
柑芦会の皆様からの温かい応援があったからこそ、ここまで頑張り続けることができました。

今から、2021年World Solar Challenge in オーストラリア 出場・完走に向けて、再始動します。
今後は2回生が中心となりますが、この悔しさ、そして鈴鹿から得た反省点などを
全て後輩に引継ぎ、このままオーストラリアまで走り続けますので、今後も私たちの
挑戦をぜひ応援ください!

今後とも、和歌山大学ソーラーカープロジェクトをどうぞよろしくお願いいたします!
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大阪支部総会の報告

柑芦会神戸支部会員の皆様


支部長の平林です。
本日、大阪支部総会に神戸支部の代表として出席しましたので
その概要を以下に報告します。


1.開催場所:なんば道頓堀ホテル


2.出席者:125名(大学関係7名、他学部同窓会2名、他支部5名、
  学生6名、会員105名)


3.西本幹事長より2018年度活動報告、2019年度活動方針および
  2018年度決算書、2019年度予算書についてご報告がありました。


4.大学関係、他学部同窓会、他支部の合計14名が来賓として紹介されました。


5.学長代理としてご出席の足立基浩副学長より現在の大学の状況の
  ご説明とともに和歌山大学創立70周年記念事業を実施するにあたっての
  募金協力の要請がありました。
  *記念事業:①和歌山大学高松地区 松下会館再生事業
          ②和歌山大学栄谷キャンパスグラウンド改修事業
  (本件については具体的な募金協力要請が大学より後日あると思います)


6.ナビル・マグレビ経済学部長より、経済学部が存続発展するためには地域貢献
  だけではなく、世界に通用する人材を育成する必要があるとのお話がありました。
  そのために、学部と研究科が一体化した教育を再度強化する方法を検討
  しているので協力して頂きたいとのお話がありました。
  (本件も別途具体的な要請があると思います)


7.青柳柑芦会会長のご挨拶の後、交流会(懇親会)がスタートしました。
  <主なイベント>
  ①空手道部の現役学生の演舞
  ②文化部吹奏楽団(現役学生)の生演奏
  ③初参加会員の紹介
  ④今年卒業の新会員2名の自己紹介(プレゼン)


8.寮歌斉唱の後、大阪締めにてお開きとなりました。
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香川支部総会の報告

柑芦会神戸支部会員の皆様


こんにちは。
支部長の平林です。
本日、柑芦会香川支部総会に出席しましたので概要を報告します。


開催日時:2019年6月23日(日)11:30~14:00
開催場所:高松生涯学習センター
会員出席者数:10名(会員総数106人、参加率10%)


まず、昨年の出席者総数が5人だったそうですが、今年の出席者が
10人と倍増したこと、そのうち5人が現役世代(30、31、36、43、
48期)であったことを考えると島田支部長の支部活動を活性化しようと
いう意気込みが並々ならぬならぬものであったことが伺えます。


次に、総会は、青柳会長のご挨拶、小生の挨拶に続き出席者全員の
自己紹介および近況報告からはじまり、事業報告、会計報告へと進んで
いきました。
特に、自己紹介、近況報告では、高松時代や寮生活等を懐かしむ声が
結構聞かれましたし、ご自身の仕事上での苦労話や、この度作成した
支部会員の名簿を若手の会員にも活用してもらえるようにしていきたい
との先輩会員からのうれしいお話もありました。


総会のあとには記念写真撮影、会食へと進み当初予定時間を若干
オーバーして支部総会は終了しました。


今後の更なる活性化が非常に楽しみな支部という印象を強く持った
香川支部総会でした。


柑芦会徳島支部総会への出席報告

副支部長 吉田和宏です。上記に関し報告いたします。

日 時 : 2019年6月8日(土) 17:00 ~ 17:45
会 場 : JRホテルクレメント徳島
参加者 : 支部会員 17名
       来賓 本部 青柳会長
神戸支部 小職

内容 
 ① 2018年度 事業報告&会計決算報告 → 承認
 ② 2019年度 事業計画案&予算案 → 審議可決

 青柳会長 ご挨拶 
  ・和大同窓会、基金運営委員会、経済学部との懇談会の報告
  ・和大70周年記念事業の報告(必要費用:約450百万円、寄付要請)

 ③緊急動議
  記念事業への支部としての寄付参加案(支部基金から拠出) → 全会一致で賛同
  →上記可決の予算案の一部修正 = 可決

 ◆懇親会 大いに盛り上がりました。


出席所感
 ・総会出席者は、全体の会員数からしてやや寂しいが、その世代間構成は
  真に素晴らしい。(前回出席時にも報告)
   その構成は  3期~ 9期 2名、 13期~17期 5名
           26期~37期 4名、 47期~51期 3名
           66期 2名(初参加)  ?期 1名
   女子の出席 5名/17名中  
   女子会活動の実施(毎年1回開催)
幹事長:三村女史
 ・各出席者から自己紹介あり、60才超の先輩の多くの方は、お仕事現役で溌剌。
・支部間交流は積極的に賛成。
神戸支部の今年度総会(10月)への参加要請→支部長&幹事長より快諾拝受。

以上です。

  添付写真 :1名遅れての参加者含まず。(大きい写真はクリックしてご覧ください↓↓↓)
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ぶらくり会31年3月例会(第198回)報告

ぶらくり会31年3月例会(第198回)報告

開催日時:3月13日(水)午後6時30分~午後8時
開催場所:ホッとスタジオ
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講師:露の新幸(つゆの しんこう)様
   落語家(露の五郎兵衛一門)
  (略歴)
   1974年(昭和49年)生れ
   大阪府出身
   2014年(平成26年)露の五郎兵衛一門の露の新治師匠に入門
   落語家になる前は音楽のインストラクターとして専門学校で講義をしたり、劇団に所属していたこともあるそうです。
   「毎日高座に上がること」を目標に精進の日々を送られている由。
講演テーマ:『音楽と落語と芝居』
出席者数:15名

 3月度ぶらくり会は落語家・露の新幸様に講師となって頂き、落語および落語家の世界、落語家になる前に経験されていた音楽および芝居(演劇)の世界、そして、それぞれの世界で経験・修得しその後の人生に役立っていることプラスになっていること等をエピソードを交えながらお話して頂きましたのでその概要を報告します。

○落語および落語家について
まず、講師が現在取り組まれている落語の世界の修業期間には大阪と東京では差があり、大阪は大体3年、東京は少なくもは5年ほど過ぎれば自立しても良く、それまでは下働きだそうです。
元々、道の往来で演じていた上方落語に対し、江戸落語は室内で芸を披露していたので描写が細かいそうです。
上方落語では細かい描写をしない代わりに「小拍子」や「はり扇子」を使って音を出しながら演じていたそうで、当日は落語「東の旅発端」を演じながら小拍子、はり扇子の実演をして頂きました。現在では小拍子、はり扇子を使っての落語はめったにやられないそうですが、講師は師匠からこれらの道具を使う練習を随分やらされたそうです。
 また、同じ演目を演じるにしても一門によってその味が変わるそうです。

 次に寄席では開場時、開演時と終演時に太鼓を打ちますが、これも下座の仕事だそうで講師にはそれぞれの太鼓の意味と打ち方を実演しながら解説して頂きました。
 開場と同時に打つ「一番太鼓」は以下の流れで打たれます。まず木戸口が開くが如く太鼓の縁をたたいて「カラカラカラ」と音を立てますがこれは身内、関係者に対する合図でもあります。そして「おろし」という太鼓を打ち、次に多くのお客様に来てくださいとの願いとゲンを担いで「ドンドンドントコイ、ドントコイ、ドントコイ」と聞こえるように打ちます。そして最後のところでバチを「入」という字の形にして太鼓の表面を押さえます。大入りになるようにとの縁起を担いでいるそうです。一番太鼓は舞台の袖で打つものですが、新開地の喜楽館では表の商店街で打つそうです。また、一門によって打ち方が異なるとのことでした。
 そして開演の際に打たれるのが「二番太鼓」ですが、繁盛亭では「お時間~」の声が合図で開演されるそうです。その時に打たれる太鼓は「お多福来い来い、お多福来い来い」と聞こえるように打たれます。
 終演の際に打たれる「ばれ太鼓」は、お客様が出ていく際には「出てけ、出てけ、出てけ」と打ちますが、お客様は余韻に浸ってなかなか出ていかないので、固まらないで出て行って下さいと「テンデバラバラ、テンデバラバラ」と打ちます。そしてお客様が帰られた後は「おろし」を打って、戸を閉め小拍子をチョンと打って寄席(興業)の終わりとなります。これはお客様に対する合図でもありますし演者に対する合図でもあります。また寄席のスタッフに対する合図でもあり昔からあるものではないかということでした。
 講師は入門時に手本がないのでユーチューブとかの映像をみて相撲の太鼓の真似をして大変怒られたそうですが、太鼓を打ったりしてゲンを担ぐのは元々歌舞伎や狂言にあったものを落語家は借りて真似ているので少しは遠慮して太鼓を打つのも作法のうちではないかとのことでした。
 この一番太鼓、二番太鼓、ばれ太鼓を打てるようになることが入門して最初に覚えなければならないことだそうです。
 また演者が落語をしている時に下座がそれぞれの場面に応じて太鼓を打つことがありますが、前もっての稽古あるいはリハーサルはなく当日いきなり現場で打つので大変緊張するそうです。

「落語家とは何ぞや」ということについてもお話して頂きました。
音楽人(ミュージシャン)にはだれでもなれるが音楽家にはだれでもなれるわけではない。運転士にはライセンスを取ればなれるが、運転手という仕事をするにはそれなりの時間とセンスと技術が必要です。また、落語家にはカルチャーセンターに行ったとしてもなれるわけではなく、師匠に弟子入りしお茶を汲み、一番太鼓を打ったりして、ラグビーでいうところの「All for One」、「One for All」の精神で一門に受け入れてもらえるからだということでした。
ところで、「師」とは、技能、技術に卓越した人、ハイマスターに付ける称号だということです。

○芝居から学んだこと
 講師が落語家になる前は、芝居をしていたそうですが、今から22年前に偶然劇団のオーディションを受けることになったそうです。元々はアルバイトを探しており、アルバイト雑誌で「劇団員募集(給料はありません)」の記事を見て給料がないのは不思議と思いつつも、一度はオーディションというものを経験してみようということで受けたところ16~17人の応募者のうち合格したのは講師一人だけだったそうです。
その劇団は小学校、中学校を回って芸術鑑賞の一環として演劇を見せ、残りの時間で年に二回程自分たちの好きな芝居をするということをしており、運営費用は国の助成金で賄っていたそうですが、この劇団での経験が講師のその後の人生に大きく影響したとのことでしたので、多くのエピソードの中から幾つかをご紹介したいと思います。

さて、多くの応募者の中からたった一人劇団に合格した講師は、芝居の才能があるのではないかと思い劇団の中のトップである演出家に、なぜオーディションに受かったかを尋ねたそうです。
帰ってきた答えは「君は一言も芝居の話をしなかったから」だったそうです。更に質問したところ「他の応募者は、大学時代に演劇をしていた、シェイクスピアが好き、三谷幸喜が好き、劇団四季が好き、小学生の時キャッツみて感動した、等すごく熱弁していた。そのような人はこんな小さな劇団で小屋の掃除をしたりはしない。君は何もないからそうやって掃除をしているのだ」と言われたそうです。
続いて、演出家から「音楽をやっているとオーディションの時に聞いたが、バンド名、演奏場所、曲、集客はどうしているのかと」聞かれたので「バンド名、演奏場所は仲間と相談して決めている。曲は自分たちで作っている。集客は、少しづつではあるが頑張って増やしている」と答えたところ、「君、大したことないね」と言われたのでどういう意味か尋ねたそうです。
演出家から返ってきた返事は、「野球選手は自身のポジションを自分では選べない。あのメジャーリーグでMVPに選ばれた松井秀樹でさえ高校時代はサードであったがその後はライトやセンターを守っている。イチローでさえも高校時代はピッチャーであった。野球選手は自分のポジション、を選べないどころか背番号、チームメイト、ユニホームも選べない。そういう選べない状況の中で力を発揮するのをプロフェッショナルという。君は、バンド名も演奏場所も曲もすべて自分達で決めていた。そういうのは素人というのです。君のやっていることは「我のまま」で「わがまま」だ」と言われたそうです。
その時演出家が言ったことは「上手くいきたければ、キーワードは「無我夢中」。自分を出来るだけ無い状態にして一生懸命すればよい。それを君みたいな人は持たないとうまくいかない」と言われたそうです。然しながら講師は怒りのあまりそのことの意味がよくわからなかったそうです。

劇団にいた3ケ月の間は1週間に8日位の感じで働いたそうです。休みが全くなく、一日で二日分の仕事をしたり、ありとあらゆる下働きや様々な端役もこなしたそうです。
ある時演出家に「給料は出ないと言って募集したが、劇団員の全員がOKすれば4ケ月目より全員と同じ給料が出る」と言われ、砂漠の中のオアシスと感じたそうです。そして劇団の小屋で劇団員全員が輪になって座り、講師はその輪の真ん中に座り、給料を出してよいかどうかの採決をしたところ2人の反対があり、結局4ケ月目も給料が出ないことになったそうです(それまで、4ケ月目から給料が出なかったことは一度もなかったそうです)。
反対した2人は男女各1人だったそうですが、そのうちの女性からは、「あなたは誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰り、掃除もし、片付けもやってくれる。お願いしたことはなんでもやってくれる。頑張っているみたい。だけど、あなたのやっていることは皆と同じ時間内で出来る。あなたは何か勘違いしている。早く来ないで良い。誰が早く来てと言った?あなたはいつも一生懸命だから新しいことも頼めないし、演技指導も出来ない。私らはあなたをフォローするのだけれどもそれが出来ない。」と言われ無性に腹が立ったそうです。然しながら、この女性の言葉は講師のその後の人生に大きく影響した言葉だそうです。

そして更に1カ月が過ぎ、同じように給料を出してよいかどうかの話し合いがもたれたそうですが、この時は前回反対したうちの1人は了承したそうですが、残りの1人(女性)はやはり反対したそうです。そこで、無給時代の稽古中に(栄養不足、休息不足で?)3度程失神こともあり、講師のケアをするのが大変ということで、演出家の独断で何とか給料を出してもらえるようになったそうです。しかしながら、皆と同じように給料をもらえるようになった途端に、体が動かなくなったそうで、女性の言うように早く来ている場合ではない、体調管理もしなければ思ったそうです。

 その後も劇団では様々なことがあったそうですが、劇団の芝居を上演させて頂くために学校にパンフレットを配ったり電話で営業をしたりしていたところ演出家に呼び出され、「自分が出ていない芝居のパンフレットを配って何をしているのだ。明日学校にいってそのパンフレットを取り返してこい」といわれたそうです。それまでのことがあったりして講師は結構腹に据えかねていたので、劇団の評判が落ちても仕方がない、むしろ落ちれば良いのに位の気持ちで、学校に行って「自分が出ていない演劇ですので、パンフレットを返してください。そのように劇団の代表者に言われました」と折角配ったパンフレットを持ち帰ったりしたのですが、講師がパンフレットを返してもらう理由を説明したところ、怒るどころか「面白い劇団ですね。一度芝居を見てみたいわ」と思いもかけない言葉が返ってきて演出家の思うままになっていると思ったそうです。
また、電話についても、演出家から今から言うとおりに電話をするようにと指示があったそうです。その喋り口は、相手に対して大変無礼なため口であったそうで、怒って直ぐに電話を切る人もいたそうですが、話し込む先生もいたそうです。
そして、不思議なことに「思い白い子やね」とか言って、何件か仕事が入ってくるようになったそうです。そこで、周りの人に皆さんも同じことをしたのかどうか尋ねたところ、パンフレットを取りに行ったり、ため口の電話をしたり、誰もそのようなことをした人はいないことが判ったそうです。そこで気づいたのは「無我夢中」で仕事をしたから仕事が取れたのだなと。

 それからしばらくして1年弱所属していた劇団を辞めることになりますが、そこから今まで22年間劇団には戻っていないそうです。
しかしながら、この時のノウハウ、体験が講師の下地に入っているとのことです。

○ミュージシャンとしてメジャーデビュー
 講師は、劇団に入る前の19歳の頃から音楽をやっていたそうで、劇団には23歳の時に入り、それまで売れないミュージシャンを3年から4年やっていたのですが、劇団をやめて3ケ月でミュージシャンとしてメジャーデビューすることができたとのことでした。キーワード、「無我夢中」になれたことが要因だったそうです。自分の意思を持たずにどうやったらお役に立てるのか、どうやったらCDが並ぶようになるか、どうやったら多くの人の前で歌えるようになるのか、その状態でおれば意外と話を聞いてくれる人が現れ、その人が紹介してくれる人が現れ、その人が何かを言ってくれるとのことでした。
そして最終的に言ってくれることをこなせないと多くの人は思うそうですが、講師に声をかけてくれた人に言われたことは、「来週東京に来れる?」ということだったそうですが、講師は「はい、行けます」と返事し、夜行バスで上京し待機し、「こんな人だけど」と紹介され、「発売日を決めましょう」といわれ、それから4~5ケ月後には店頭にCDが並んだそうです。
講師は、このような状態になるのはもっと難しいものと思っていたが、単純なことをクリアさえすれば一足飛びに飛ぶことが可能と言われます。その後のオーディションは無敗だそうです。
劇団で学んだ「無我夢中」で取り組んだお蔭だということでした。
また、落語家になる時も取られない(採用されない)とは考えなかったそうです。「無我夢中」だからとのことです。「取らない」といわれても「はい」、「取る」といわれても「「はい」、明日訪問した時にも「また来たのか」と言われれば「はい」、「忙しいときに来られても困るな」といわれても「はい」。どのように言われようとまた行けば良いのであって、そのような気持ちで臨んだところ不思議なことに採用されたとのことでした。

○音楽の専門学校でのこと
 講師は、音楽の専門学校で10年間講師をされており、学生にはこのこと(「無我夢中」)を伝えているそうですが、学生は実に「わがまま」だそうです。
専門学校では、4月に入学した100人の学生のうち実に40人がゴールデンウイーク明けに辞めていくそうです。
それは、学校に行きたいという「わがまま」で専門学校にきたものの、来たら来たで自分の「わがまま」が通らないという理由でやめていくそうです。何が上手くいかないかということではなく、それを自分のサイズに合わすことが出来ないからだそうです。
学生は感情を抑えきれないままG.W.明けに学校に対して様々なクレームを言うそうですが、その実例のいくつか紹介して頂きました。
① 学生:「先生」、講師:「はい」、学生:「梅田って何でこんなに人が多いのですか」、講師:「だけど、君が生まれるころには、もう人が多かったからあまり気にしなくていいのでは」
② 学生:「先生」、講師:「はい」、学生:「エレベーターが全然来ないんですけど」、講師:「だけど、エレベーターは簡単には増やせないので、下りるときは階段を使うことでどうですか」
③ 学生:「先生」、講師:「はい」、学生:「夜中に枕元に変なものが出てくるんですけど」、講師:「それは俺のせいではないけど」
そして彼らは、辞める時には実に雄弁に語って去っていくそうです。
「俺の世界はここじゃなかった」と。

○劇団のメソッド(Yes And)について 
劇団には、メソッド=方程式があり、お孫さんとかお知り合いの若い方に教えてあげれば面接の時に使えるのではないかということでした。
それは、Yes And(イエス アンド)といい、芝居の教科書には書いてあるそうです。
そのやり方は、「受けて返す」、相手の言っていることを繰り返しその後に返事するということだそうです。

具体例としては、以下の様な遣り取りのことだそうです。
人物A:「雨降ってきたね」、人物B:「雨降ってきた」
人物A:「急に降ってきたからね」、人物B:「「急やね」
人物A:「傘持ってきたの」、人物B:「傘持ってこなかった。でも大丈夫ずっとアーケードの下を歩いて来たから」
人物A:「アーケードね。便利やね。濡れないから」、人物A:「そうだね、濡れないね。助かるよね。」

これをYes Andでやらなかった場合には、以下の様になります。
人物A:「雨降ってきたね」、人物B:「ああ」
人物A:「傘持ってきたの」、人物B:「あるよ」
人物A:「でもすごく濡れているね」、人物B:「傘ささなかったから」
人物A:「・・・」

このYes And は面接試験でも使えるのではないかとのことでした。
「今日はここまで迷いませんでしたか」
「はい、迷わずに来れました。ただ、ビルに入ってからどの部屋がここなのかちょっと人に伺ってきました。」
このように受けてから返す、これは芝居の基本でもあるとのことでした。
講師は、音楽でメジャーデビューするときも、学校で講師をするときもこのメソッドを使ってい
たとのことです。そしてこれが出来るように学生も指導したそうです。
このメッソドが上手くいった時は相手が「Yes And」をしてくるそうです。
こちらが受けて返そう、受けて返そうとしますが、波長があってくると相手が受けて返そう、受けて返そうとしてくるそうです。その時に相手がこちらの名前を覚えたり、特徴を覚えたりするそうです。講師曰く、「Yes And」は一言でいうと「気持ちのサービス」ではないかと。

この「Yes And」はメールの文章でも重要ではないかと言われます。
「明日、どこどこで集合。居酒屋で会食。会費いくら」のメールに対して、「はい」の返事だけでは味気なかったりします。逆に全くYesをしないでどんどんAndばかり送ってくるのも困りものです。

また、落語の世界でも「Yes And」はよく使われています。
昭和の大名人・枝雀師匠はこの「Yes And」を「人と人との会話の間に息継ぎをしてはいけない」としてとらまえておられたそうです。ただし、間が短すぎて人の会話が終わる前に話し出す「かぶせ過ぎ」も長すぎる「間延び」もNGと。
一方、談志師匠、志ん生師匠、(先代)春団治師匠等、名人と言われる落語家はこの間がすごく長く、息継ぎをしているのかなと思うほどだそうです。
他の人がこれをやると間延び、すっ飛ばすと間抜けといわれることになるそうです。
 
○古典落語「時うどん」
最後には有名な古典落語「時うどん」を演じて頂き、講演は終了しました。

この度のご講演では講師ご自身が経験されたことから導き出した「無我夢中」について熱く語って頂きましたが、多くのエピソードを交えての構成は非常にわかりやすくかつ説得力があり、自然と講演に引き込まれていきました。
この度のご講演をご縁に講師には柑芦会のその他の催し物にもご参加頂く機会を設けさせて頂きたいと思いますし、落語および音楽の世界で益々成長されビッグになられることを願って微力ながら応援させて頂きたいと思います
  
以上
ぶらくり会世話人  柑芦会神戸支部 平林 義康(大学20期)
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柑芦会九州支部総会への参加について

                                              2019年3月3日

          柑芦会九州支部総会への参加について
                                          神戸支部副幹事長 吉竹 俊道

3月2日(土)12時から平成30年度の九州支部総会ならびに懇親会が開催され、神戸支部を代表して参加させていただきました。

開催場所は博多駅にほど近い「鮨隆(すしりゅう)本店」、参加者は9名でした。

参加者は、青柳会長をはじめ、大阪支部から小笠原氏、活性化委員である辻氏は小倉在住の同期の深川氏をはじめて九州支部総会に同行出席してもらうことで参加されました。

九州支部の参加メンバーは、11期の宮本正氏(北九州市)、13期の石田悟氏(北九州市在住)、19期で支部長の石川和彦氏(長崎市在住)、20期の深川照明氏(北九州市在住)、23期の国吉康彦氏(福岡県粕屋郡在住)の5名で、45期で鹿児島の水族館勤務の三吉則央氏は急遽欠席となり、水族館の世界最大の淡水魚ピラルクの鱗(靴べらとしても使える大きさ)を欠席のお詫びとして参加者人数分を提供いただきました。

支部長より財政状況等の報告があり、これに続いて活性化委員の辻氏が本部での活性化検討内容を熱く参加者に語りかけられ、参加者全員が柑芦会の未来の姿に思いを馳せました。これに続いて青柳会長からご挨拶と柑芦会、和歌山大学に関する情報の紹介があり、この後懇親会に移りました。

懇親会においても柑芦会の活性化についての話だけでなく、初参加の北九州市の深川氏の奥様と糟屋郡の国吉氏の近い親戚の女性が同じ会社で一緒に働いていたことが判明し、どちらも美人であったとの話で大盛り上がり。

場が和んできた後、全員の自己紹介と現状報告が行われました。参加者全員がお酒の勢いもあり、雄弁に語り、あっという間の2時間が経過し、まだまだ話し足りない面は見られましたが、名残を惜しんでの解散となりました。

今回は辻氏による同期への声掛けによる新たな参加者がこの九州支部にすっかり溶け込まれた様子がとても印象的でした。

また、毎年出席してくれているが都合がつかず参加できないことを残念に思っている会員も何人かいるとのことでしたが、それを加味したとしても福岡県を中心とする柑芦会会員の人数からするとまだまだ参加者を増加させる取り組みが必要であると感じられました。

現在本部で検討いただいている活性化対策の具体的実行が待たれるところです。
                                                    以上

柑芦会 西宮・芦屋ブロック お花見会のご案内

春の日差しを感じ始める今日この頃ですが、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
また、平素は何かとご支援、ご協力賜り誠に有難うございます。
 さてこの度、柑芦会西宮ブロックと芦屋ブロック合同のお花見会を企画しましたのでご案内申し上げます。
 昨年は芦屋川で行いましたが、今年は一昨年と同じ甲子園の駅から近い公園を会場としました。気楽にご参加いただき親睦を一層深めることが出来ればと考えています。
 他地区の方々の参加も大歓迎ですので、この機会に是非お集まり下さい。
             
■日時 :平成31年3月30日(土) 11:30~13:30頃まで歓談、後は流れ解散します・・・       
                
■場所: 八ツ松公園 西宮市甲子園六番町11 (地図参照)
    阪神甲子園駅東出口より駅東側のガードをくぐり北へ、イカリスーパーの角を東へ約100? (甲子園駅より徒歩約3分)
                           
■食事: 恐れ入りますが各自で敷物・お弁当等お持ち下さい 
     簡単なつまみ・飲み物はこちらで準備いたします。

■会費: 1,000円

※ おおよその参加人数把握のため、参加の連絡は3月25日までに下記へご返信頂ければ幸いです。なお、当日飛び入り参加も可能です。

※ 雨天の場合は中止します。催行するかどうか不明の場合は 下記水谷までお問い合わせ下さい。

      
柑芦会神戸支部西宮ブロック長 水谷 太一
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神戸支部新年会

柑芦会神戸支部会員の皆様

こんにちは。
支部長の平林です。

本日、神戸支部の新年会を開催しました。
他支部の方々、現役学生さんを含め総勢44名のご参加を頂いて大いに盛り上がりました。

ご参加の皆様、大変ありがとうございました。またお疲れ様でした。

ご参加出来なかった皆様、本日のプログラム、およびスナップ写真を添付しますのでご覧ください。
そして、来年には是非ご参加頂ければと思います。

また、本日ご参加の大学4期の平山逸治様よりご自身が昨年10月に描かれたという「熊野古道」を題材にした絵画の写真を添付しますので併せてご覧ください(実物はご自宅に飾られているそうです)。

以上ご報告致します。
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柑芦会神戸支部へようこそ

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